読書

ドストエフスキー『地下室の手記』(江川卓訳、新潮文庫)

主人公は四十歳の男で、二十年のあいだ地下室に住み、そこで病的な自意識と無益な格闘をつづけている。物語はこの男がある日試みに書き残した手記という体裁である。前半では長年男を苦しめている心理状態とそれに対する男の長々しい意見が、後半では男を地…

岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』(岩波ジュニア新書、2003)

西洋哲学の基礎には古代ギリシアの思想とヘブライの信仰があり、まずはこの二つの基本的性格をおさえることが肝要である。そこで本書の三分の二は古代ギリシア哲学とユダヤ教・キリスト教への入門編に割かれ、その後の西洋思想の展開は後半にかいつまんで解…

マイケル・クック『1冊でわかる コーラン』(大川玲子訳、岩波書店、2005)

クルアーン(コーラン)はイスラム教の聖典である。預言者ムハンマドに啓示された神の言葉(アラビア語)からなり、七世紀に成立以降、多くは冊子本の形にまとめられ、礼拝の場では読誦され、教義の上ではさまざまな解釈の対象になってきた。 単なるクルアー…

ジョン・クラカワー『荒野へ』(佐宗鈴夫訳、集英社文庫)

1990年代の初頭、アメリカの裕福な家庭で育ち大学も優等で卒業し文学青年としてそれなりに文化資本を積み上げた24歳の青年がヒッピー的な放浪癖を拗らせてアラスカの荒野に入りそこで横死するまでを描いたノンフィクション作品である。ソローやトルストイの…

森博嗣『馬鹿と嘘の弓』(講談社文庫)

探偵事務所の所長小川令子と所員の加部谷恵美は不明の依頼人からとあるホームレスの青年を観察し日々の状態を報告する仕事を請け負うが、観察の過程で青年に接触した同じく住所不定の老人が急死し、その老人がなぜか小川たちが不明の依頼人から受け取ったも…

安岡章太郎『海辺の光景』(新潮文庫)

故郷高知の精神病院に入っていた母親が危篤との報を受けて東京から帰ってきた主人公は、一年振りに見た母親の衰弱ぶりにいまさらのように狼狽するが、息子としての義務感から病院内で寝泊まりしてその死を看取ろうと殊勝な態度を見せるものの、以前からひと…

アベル・ボナール『友情論』(大塚幸男訳、中公文庫)

私たちが友情と呼ぶほとんどの関係は、ただ慣習や同盟にすぎない。社会で生きていくなかで当然生じる人との付き合い(交際)は、惰性と打算と功利に満ちた利己的関係であって、ボナールに言わせるなら「真の友情」ではない。それは人の代わりに人の地位や機…

ベークライトのクラリネット

私たちが普段いたるところで使っている合成樹脂(プラスチック)は主に石油を原料とするが、石油以外の原料からも製造可能である。それで最近はトウモロコシやサトウキビから作られたバイオプラスチックが話題になっている。 ただしプラスチックももともとは…

ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』(平岡敦訳、創元推理文庫)

舞台は19世紀末のフランス。パリ近郊のグランディエ城に引きこもり研究に没頭していた高名な科学者スタンガルソン教授と、彼の娘でありただ一人の助手でもあるマティルドのもとで痛ましい事件が起こる。二人が研究所として利用していた離れの別館にて、マテ…