マイケル・クック『1冊でわかる コーラン』(大川玲子訳、岩波書店、2005)

クルアーンコーラン)はイスラム教の聖典である。預言者ムハンマドに啓示された神の言葉(アラビア語)からなり、七世紀に成立以降、多くは冊子本の形にまとめられ、礼拝の場では読誦され、教義の上ではさまざまな解釈の対象になってきた。

単なるクルアーンの内容紹介にとどまらず、それをテクストとは何か、書物とはなにか、解釈とはなにか、といった人文学の基礎から説き起こしてくれる優れた入門書である。発しては消える一時的な言葉以上のものとして、つまりはある一つの形にまとめられて残された言葉をテクストと呼ぶとすれば、クルアーンはテクストのなかでも特に「書かれた」テクストであり、この書字性にクルアーンの物質的現実がある。本書を通して読むと、イスラムの神の言葉がアラビア文字と一枚の紙の上に物質化され、書物にまとめられ、それをさらに解釈者たちの注釈が取り囲み、礼拝の場でふたたび読誦の声へとかえっていく過程が具体的に目に見えてくるだろう。

本書はさらに、(キリスト教的)近代の技術と価値がイスラム教に与えた影響を、そもそも近代とはなにか、というやはり基礎的な問題の提示から分かりやすく教えてくれる。近年話題となっているイスラム原理主義もまたテクストの受容と解釈をめぐる一つの立場である以上、本書の内容は現代イスラム社会を理解するうえでも有益である。訳も良い。

 

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