ジョン・クラカワー『荒野へ』(佐宗鈴夫訳、集英社文庫)

1990年代の初頭、アメリカの裕福な家庭で育ち大学も優等で卒業し文学青年としてそれなりに文化資本を積み上げた24歳の青年がヒッピー的な放浪癖を拗らせてアラスカの荒野に入りそこで横死するまでを描いたノンフィクション作品である。ソローやトルストイの理想主義をジャック・ロンドンのロマンチシズムで味付けしたらしい青年の世界観にはいかなる独創性もないが、持って生まれた性格とやむにやまれぬ衝動の強さが天才の証として繰り返し強調されることでこの事実は糊塗される。作者が全体として提示しようと試みている青年の求道者的人物像が、青年を知る第三者への取材から断片的に浮かび上がる具体的細部とあまり一致していないのが反物語的で個人的に面白かった。

 

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